2023,2,21 パノラマ台で富士山の前のアマティの写真を撮って以来なんとかして富士山を守る狛犬の姿に変身できないものかと1年かけて検討を重ねていた。「Photoshopを使えば出来ないはずは無い」という確信を持ってはいたがこういうことに疎いわたしには過酷な課題だった。おりしもここ数日風邪をひいて咳が止まらなくなり、雪山に登る元気もないまま再び狛犬作成に挑戦していたら「あ、できた!」
これは1枚の写真を左右反転させて正福つくり、福の方を切り抜いて正にに貼り付ける方法で作成した。したがってアマティの顔は左右逆になっているが元は同じ写真である。
狛犬と言うからには仁王さんの様に本来は阿形と吽形の形相をしなくてはいけないのだが(この場合向かって右の狛犬は口を大きく開けていなければならない)それは今後の課題として残しておくこととする。
どうしても穂積神社の前身を知りたくて探しているのだがまったく見つからない。出てきたのは昭和64年にいまの鉄筋コンクリートの新穂積神社ができたと言うことだけである。
だからもちろん戦後のことであり、この神社がタマ避けの神様、徴兵逃れの神様、反戦の神様として全国に名を馳せ、多くの参拝者が押し寄せた旨の記述は微かに残るが、それはこの新社殿ができる以前の話である。
以前、わたしの記憶ではこの神社を建て替えるときどこだかの女性社長の寄付金でできたこと、鉄筋コンクリート造りに賛否があったこと、元の位置から今の位置に移転したことへの事由等など声高に語られていたにもかかわらず、30数年しか経っていないのにそれらの記録をまったく見つけることができない不思議。
わたしは中学校や高校の遠足で竜爪山に登っているから、当然前の神社は見ているはず。そう思って暑いさなかPCを見ていたらこんな写真が見つかった。みるからに懐かしいあの当時の穂積神社の気がする。ただ出展も撮影者も書かれていないのでこれが本当に穂積神社かどうかはやや疑問を残す。さらに現在残っている旧穂積神社の石段はこんなに高くなく広さも幾分狭い気もする。
しかし、霊山としてふさわしい尊厳を持った見事で懐かしい穂積神社である。
この林道がいつできたのかは確認取れていませんが、この道ができたからここに鉄筋の神社ができたのでしょう。
もし、当時わたしにも投票権があるのなら、木造建築で移転無しに1票。
昨年9月23日の台風15号の爪痕は山間部に大きな爪痕を残した。
特に竜爪山の被害はわたしたち山遊びをするのんき者にも甚大な被害を残している。特に穂積神社に行く林道は崩壊してしまいいまだ復旧の目処は立っていない。
しかし、わたしは何十年か前にやはり同じ所が崩落したとき、農道を何本か乗り継ぎ穂積神社に辿り着いたことを思い出して,今回挑戦してみた。妻は助手席で「こわいからやめよう」を繰り返していたが聞こえぬふりをして(アマティに習って)先に進む。途中倒木がありあきらめかけたがなんとか二人で脇に寄せ、ついに神社の駐車場まで辿り着いた。
神社にお参りをし、裏側に回ったら夫婦大木が目に入った。[樹齢500年の夫婦杉]と書いてある。今まで何度も竜爪山に登っていて初めて気付いたので写真を撮ってしまった。500年前というと戦国武将が争っていた時代でとんでもない長寿杉でもある。また、この神社は矢除玉除けの武運の神社、またそれを発展させて反戦の神社として御利益ある神社として知られ、戦時中は我が子の武運を祈り戦争に不満を持つ人たちが麓から登って神社前で列をなしていたという。なお、本来の穂積神社(竜爪神社)はここから2~300m程先に行った所にあったものを昭和の時代に移転している。
標高750mのこの地は下界に熱波が押し寄せてもひんやり感じられ、わたしたちも登山はもちろんだがクルマでここまで来て涼んでお弁当を食べて帰ることをよくしたものだ。

台風15号の爪痕はこの竜爪山の登山道にも及び、あちこちに[台風15号のため通行止め]の標識とロープが設置されている。
「通行止めって言ったって歩いてクリアできないわけは無い」との確信を持って挑戦するのだが、登山道が崩落し、崩落部分の巻き道を探そうがまったく不可能で引き返したルートが2本ある。1本は堂白山ー賤機山からの稜線ルート、もう一本は新道。
そして本日の穂積神社-富士見峠トラバースルート。とはいえ神社から30分程しか歩く予定はないので制止を無視して先に進む。水場辺りでかなりひどい状態になっているがこんな程度では登山道の通行止めはないだろう。

今日は危険な登山道に入るのだが、なんということかカーサンが登山靴を忘れてスニーカーで来てしまった。
いつもならカーサンが先頭、次にアマティ、暫く遅れてわたしという感じで歩くのだが、きょうはカーサンの靴が心配なのでわたしが先頭、アマティは次に付きカーサンが最後から歩くことにする。
すると不思議なことが起こった。アマティはいつもなら(友達が居ても)先頭を歩く人をリーダーと認識して付いて行くのだが、どういうことかアマティがいきなり先頭に立った。アマティはわたしをリーダーと認めず「今日はボクがリーダーだよ」と言っているようだった。
しかもだ、アマティは普段のわたしの山歩きが如何に頼りないかよく知っているから始末が悪い。以前はわたしの5m前を歩かせたのだが今日はほんの2~3m前を歩きしかも数歩歩く度に振り返りトーサンとカーサンの歩きを観察している。わたしとしてはすぐ目の前なのでジャマなのだが彼なりに努力してくれているのでそれはそれでヨシとするしかない・・・

今回の宿は3LDKの貸別荘(駐車場2台分付き)。借りたはいいがわたし達には広すぎて2階の2つのベットルームと楽器の演奏場は使わなかった。
台所、電子レンジ、電気炊飯器、電気ポット、洗濯機など生活用品は全て揃っている。
しかし、長旅と登山の疲れでとても料理する気は起きず(今回に限らずいつもだが)本館宿の食事をお願いした。

宿から5分も歩けば日本海が広がる。さすがのアマティもここから飛び込もうとはしなかった。
この写真、カーサンが撮った2人の背中が物語っているような雰囲気のあるステキな写真だが、拡大して見るとなんとアマティはこちらを向いているではないか!... アマティはカーサンが背後にいるのに気付いて向きを変えたが、わたしは相変わらず日本海の向こうを見て物思いにふけっているから撮られたことなど全く知らなかった。もしかしたらカーサンも気付いていないんじゃないだろうか・・・
別荘の周りはなぜなのか大きな古刹がひしめいている。すごいところでは3軒お寺が並んでいるところもある。10分も歩けば10軒は軽く見つかるだろう。なぜだろう?と言う疑問をいつも持つのだがなかなか聞いたり読んだりする機会が持てないでいる。
次の写真はある大きなお寺の横にある神社の裏に生えている大木。金北山の中でもこんな大木は珍しいほどの大木だ。石垣を巻き込んだ根が迫力満点。歴史と強さをヒシヒシと感ずる。
昔の写真を引っ張り出してきた。わたしはこの写真が好きで時々見てはニヤニヤしている。
この狛犬は新城市のとある神社の境内に鎮座している阿吽の一対の[吽]の方の子である。石彫の素朴さ・未熟さから江戸時代前期の初期型狛犬では無いかと思われるが、保存状態は左右ともとてもいい。
さて、アマティと比べて貰いたいのだが座高は両者ほぼ同じ。体格はアマティの方がやや大きく見えないでもないが、体重は狛犬の方が遙かに多くとても持ち上がらない。
しかし、それ以外の類似点はかなり多い。目の形がそっくり,鼻の形や鼻先の穴の形までがそっくり,頭の形や凹み方がそっくり、耳の形や長さがそっくり、ミミのタレ方はオドロくほどそっくり、胸の形はアマティの方が張っているがまだ足を細く掘る技術がなく折れるコトを懸念してか独立していない。しかし、肉球のある手の大きさや形がそっくり。なんてことでしょう・・・
あっ、アマティにはチンチンがあるがこの狛犬には付いていないではないか!...
イヌ型狛犬に♂♀があることはいまだ確認できていない。ちなみにこの子の右側にある[阿]の犬はあきらかにオオカミであるがチンチンは付いていない。
いわゆる中国から入ってきた狛犬ではなく、イヌ型狛犬やオオカミ(大神)を狛犬にしたものはこの時代よく見受けられるコトはある。
しかし、アマティと並んだ狛犬、日本犬らしさはないしオオカミらしさも全くない。まるで洋犬のLabrador Retrieverそっくりなのが大変気になる。
そんなわけでいろいろ想像を巡らせニヤニヤこの写真を見ている。
静岡市葵区の山の中の中、南アルプスの登山基地がある井川(旧井川村)。ここにはオオカミ伝説がたくさん残っていることで有名である。いくつかある神社の狛犬も江戸時代に掘られたオオカミ像が何体も残っている。
今日は小河内の大井神社の御例祭の日であることを昨日思い出してどうしても行ってみたくなった。ここの狛犬は木製の一対で年に一度だけ拝顔できるという情報だけを持っていた。遠いところなので確認も出来ないまま「運がよければ見れるぞ」と思って出かけた。
2時間近くかかって大井神社に着きクルマを降りると太鼓の音が聞こえてきたので「シメタ」と思って長い階段を上り境内に入ると御例祭の真っ最中。社務所で狛犬の件を聞くと「狛犬のご開帳は昨年やったので次回は3年後です」なんと4年おきに行われるのだという。
がっかりしながらも御例祭を眺めていると、神主さんが「うお〜〜〜〜、うお〜〜〜〜」と2回オオカミの遠吠えらしき声を出して儀式は終わった。
3年後、わたしはあの曲がりくねった山路を2時間もかけてここまでこれるかどうか不安になったが「またこれますように」と祈願して祭りを後にした。
この時期、境内がイチョウの葉で埋め尽くされた御殿場の二岡神社は、わたしもアマティも大好きな神社。いままで何度となく寄っているのだが、今日も駐車場に着くと新しい立て看板があり、なんと黒澤明「七人の侍」のロケ現場神聖地だった。
わたしはハタチ前だったと思うが、よく深夜劇場に通って何度も何度も見た映画だった。それがこの神社で撮影されたことを今日初めて知った。
何度も何度も足を運んだ神社だというのに!
この石灯籠は室町時代のものだと書いてある。
そんな由緒あるところで、アマティは飛び回っていたわけだ。赤ちゃんの時からきているから勝手知ったる境内である。
時には神社の狛犬になって、そのあとは邪を追いかけ回して追い払う。
神社の扉はいつでも開いているから、管理がしっかり行き届いているのだろう。
いつきても人っ子一人いない静かな聖地である。
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