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2022年8月23日 (火)

伝記「パブロカザルスの生涯」

わたしはカザルス(1876-1973)の資料は全て集めていたつもりだったが、ロバート・パルドック著「パブロカザルスの生涯」は持っていなかった。それはパルドックなる人物が音楽史上も持っている資料の中からもうかがい知れなかった要因が大きい。
しかし、PABLO CASALSの[BACHの無伴奏チェロ組曲]の解釈本を書いているDIRAN ALEXANIAN、MADELINE FOLEY、RUDOLF von TOBEL の3人を調べていたらこの本を貸して下さいる方がいた。
この本、分厚く325ページもある。しかも、この本を読むためにもう一つ老眼鏡を新調しなくれはなら無いほど小さな文字なのだから、かなり読むのを躊躇すること1ヶ月。
わたしとしては CORREDOR著「カザルスとの対話」をバイブルのように読みあさり「今さら伝記も無いだろう」とも思ったのだが、せっかくこんなに重い(重量が)本を貸して下さったので読まないわけにはいかないと、覚悟を持って読み始めた。
それが読めば読むほどすごい本で、カザルスのすごさも伝わってくるが著者ロバート・パルドックの資料の集め方とその分量、そしてそれらの分析力に圧倒され深く読み入ってしまった。
それはわたしが少年の頃名前や演奏を耳にした著名演奏家がカザルスの友人として何人も何人も登場してくるからだ。いや演奏家だけでは無くだれもが知る作曲家が友人として登場してくるではないか。しかもその時演奏したギャラの金額までが詳細に記されているとは・・・ もう伝記としてはわたしの思考範疇を超えていた。
確かに伝記とは遙か昔の偉人の生涯を描くものであり、わたしが会ったことのある人、没後10年ほどで書かれた伝記を読むのは初めてだからそれは驚いた。
読み進むウチについにDIRAN ALEXANIAN、MADELINE FOLEY、RUDOLF von TOBEL の名前が出てくる。3人ともカザルスの弟子のようだが特にトーベルは親しい友人でもあった。彼ら(フォーレイは女性)は自ら受けたレッスンの内容や他の人が受けているレッスンを詳細にメモしてこれらの本を書き上げたようだ。
読み進むうちカザルスのチェロストとしても指揮者としても音楽家いや、人間としての偉大さは並大抵もものでは無かったことが今さらながらヒシヒシと伝わってくる。

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わたしがカザルスを知ったのはチェロを始めると同時だった。入学した高校にオーケストラ部があったので見に行ったらチェロを触らせてくれた。これがきっかけで父親に「チェロを買ってほしい」と頼んだらすぐに買ってくれ、同時にパブロ・カザルスのBACHの無伴奏チェロ組曲のレコードを買ってきてくれたことに始まる。父は音楽には全く造形は無かったから、師範学校の先生か友達から「このレコードを聴かせておけ」と言われたのだろう。
このレコードを何度も何度も聞くうちにチェロのことがだんだん解ってきた気がするし、その後のわたしのチェロ弾きとして大きく影響したのは言うまでもない。
ところでわたしはカザルスの生バッハを聴いたことがある。1961.4.16銀座朝日講堂でカザルスの公開レッスンが催された。当時毎日聞いていた「レコードとそっくり」なんだと思ったことを覚えている。
しかし、受験を控えて課題曲はバロックソナタとロマン派のコンチェルティーノが主だったのでバッハからは離れるが、30代になってから井上先生に師事しフルニエ版バッハに取り組むも、ピアノ三重奏団の活動が忙しくなり再びバッハとは遠ざかる。
全て公職から退いた頃(70歳)、トーベルのバッハ解釈本を手に入れ、自分のライフワークがカザルス/バッハの6曲の無伴奏であることに気付く。この楽譜で弾くと55年前によく聞いたカザルスのバッハの音楽が息づかいが蘇ってくるのだった。
解釈本と書いたが形態は解釈譜と言えるもので、楽譜に指使いからボウイング、フレーズ、強弱、アクセント、息づかい等が詳細に書き込まれている。したがって楽譜としては大変見にくいのだが、文章で書かれるよりは解りやすい。
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伝記から大きく脱線してしまっているがこの本のもう一つの収穫は大好きなヴァイオリニスト ALEXANDER SCHNEIDER が度々登場することである。シュナイダーはカザルス音楽祭オーケストラのコンサートマスターを務めているヴァイオリニストだが、実は[Waltzes from ld Vienna(古きよきウイーンの調べ)]というタイトルのレコードを出していて、これがすばらしくわたしの心を虜にする演奏なのだ。またまた脱線してしまった。

ここからが本題。わたしの余生はトーベルのバッハを通してカザルスの演奏にせまることである。しかし、この楽譜だけでは疑問点もあるのでその時にはフォーレイ、さらにはアレクサニアンの楽譜を参考にして疑問を解決しながら進めている。しかし、こんな大仕事をするには歳を取り過ぎているができる範囲で余生を楽しみたい。

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