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2020年1月 9日 (木)

先代の登山犬“Hana” をたたえる日

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先代の“Hana” と“Amati”を比べて、あの子はもっとオリコウだった、とかあの子はもっとかわいかった、とかあの子はもっと聞き分けがよかったとか、言ったり考えたりすべきではないと思う。
しかし、1年で今日だけはそれが許される日、すなわち登山犬“Hana” の命日なのだ。
女の子と男の子の違いはもちろんあるものの、行動に関してはいつも男の子以上なのが“Hana” で、いつも慎重で女々しいのが“Amati”である。
“Hana” は登山犬というようにまさに登山をするために生まれ育ってきたイヌだった。
15年の生涯で218座・638山を征服したという、まさにだれよりも誇れる登山犬であった。
もちろん“Amatiも”登山犬として育てたのであるが、わたしたちが70才を超えるとついにはわたしたちが“Amati”に付いて行けなくなり、挙げ句の果ては登山犬の肩書きを降ろさざるを得なくなってしまった。
写真の根子岳山頂から“Hana” と雪の中を一緒に降りてきたのは懐かしい思い出。わたしのスキーにはシールが貼ってあるが“Hana” は新雪の中をピョンピョンジャンプしながら山頂にたどり着いた大変な山行だった。
右の写真は“Hana” がまだ8ヶ月の頃、富士山にお散歩に行きおはち巡りをしているときの写真。このあと“Hana” は肉球が痛くなり歩きたくなくなってしまったので、わたしがオンブして降りてきた大変ツライお散歩登山だった。
そんな“Hana” は13才まではわたしたちと全く同等に登山をした。13才を過ぎてからは、いままで自分の水1リットルは自分で担いでいたが、その荷物だけはわたしが持って行くようになった。
14才の春、左唇が腫れているので医者に診せたら悪性のメラノーマであることがわかった。その後は手術はせずに余生をアウトドアで過ごすような生活に切り替えた。12/25の“Hana” とわたしの誕生日にはお祝いも出来たし、メラノーマは腫れ上がり出血し、歩くのも困難な状態だった。
そして、1/6アマティたちが生まれてその3日後の1/9、わたしたちが朝、起きたら“Hana” は息絶えていた。
その後わたしたちとアマティは“Hana” のお骨を持って35カ所に散骨してきた。以前“Hana” と登った山やお花畑に埋めて「また来年も皆で来るからね」と言って回った。
あの子はほんといい子だった!!!

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